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福岡高等裁判所 昭和39年(う)330号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を免訴する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人杉村逸楼提出の控訴趣意書、同(訂正)記載のとおりであり、これに対する答弁は、福岡高等検察庁検察官森崎猛提出の検察官答弁要旨記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

控訴趣意書(訂正)の控訴趣意(訴訟手続の法令違反)について。

所論は、被告人は、本件恐喝罪の公訴事実と同一の公訴事実であつて右恐喝の手段である傷害罪についてすでに確定した略式命令を受けているものである。したがつて、本件については被告人に対し免訴の裁判をすべきものである。というのである。

そこで、検討するに、検察事務官作成の前科調書、当審において取り調べた略式命令謄本によると、被告人は、昭和三七年一〇月二五日久留米簡易裁判所において、「被告人は昭和三七年九月一日午後八時頃福岡県三瀦郡筑邦町大字荒木一、九〇五番地の二農業酒村七次郎方において部落代表者酒村富太(五四年)に対し、二〇数年前実父緒方義雄が居住部落の堤防工事用に供出した叺代として金七〇、〇〇〇円を請求したが拒絶されたことに憤慨し、同人の顎を足蹴りにする等の暴行を加え、因て右酒村富太に対し治療約七日を要する下顎部打撲の傷害を負わせたものである。」との訴因について傷害罪として罰金一五、〇〇〇円等に処せられ、右命令は同年一月二二日確定したものであることを認めることができる。さらに本件起訴状によれば本件公訴事実は、「被告人は、実父緒方義雄から同人が二〇数年前福岡県三瀦郡筑邦町大字荒木二区部落に納めたいぜき用の叺の代金を受け取らないままであることを聞知し、前記部落の居住者から金員を喝取せんことを企て、昭和三七年八月末頃の午後七時頃同町大字荒木一、九〇五番地の二酒村七次郎方において同人に対し、「俺は父の委任を受けてきた。叺の代金七六、〇〇〇円を支払え。お前達は俺を馬鹿にしとらんか。お前達が金を払えんなら俺は若い男を一〇人位連れてくるぞ。」等と申し向け、さらに同年九月一日午後八時頃前記酒村七次郎方において前記二区々長酒村富太に対し右叺代金を請求したところ、同人から支払を拒絶されたことに憤慨し、右酒村富太に対し殴る蹴る等の暴行を加え、もし右要求に応じないときは如何なる危害を加えられるかも知れないと前記酒村両名を畏怖させ、因て同月五日正午頃同町大字荒木公会堂において叺代金名下に右酒村富太より現金二二、〇〇〇円の交付を受けて、これを喝取したものである。」というので、恐喝罪に当るとしている。そして、本件証拠によれば、ほぼ右公訴事実を認めることができるのであるが、脅迫の手段、相手方、金員の出所、金員の交付、受交付者については、被告人が当初叺代金名義で金員を恐喝しようとした相手方は二〇数年前の叺を納入したという釘田水利組合の委員酒村七次郎であり、これに対し昭和三七年八月末頃公訴事実のような脅迫言辞を弄し、ついでこのことを心配した部落の区長(現在は水利組合はない。)酒村富太に対し同年九月一日公訴事実のような原因から傷害を加え、右酒村七次郎に対する脅迫と右酒村富太に対する傷害による脅迫とによつて右両名を畏怖させ、金一二、〇〇〇円を酒村七次郎が出費し、金一〇、〇〇〇円を部落民が分担し、合計金二二、〇〇〇円を叺代金等名義で酒村富太が被告人の父に交付したものであることを認めることができる。

そこで、弁護人所論のように前記確定略式命令の事実と右認定の本件公訴事実とが同一性のあるものか、或は検察官所論のように併合罪の関係にあるものか、について考察するに、略式命令の傷害の事実が本件公訴事実の恐喝の一手段である酒村富太に対する傷害と同一のものであることはあきらかである。そして、右酒村富太に対する傷害は本件公訴事実の恐喝の重要な一手段をなしており、金員の出所も殆んどが酒村富太ではないがこれを交付しているのは同人である。したがつて、略式命令の傷害の事実と恐喝の本件公訴事実とは、基本的な事実関係が同一であるから、本件公訴事実は、確定の略式命令があるのにこれと同一の公訴事実について起訴したものであり、免訴すべきものであり、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があつて、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

そこで、刑事訴訟法第三九七条、第四〇〇条但書により原判決を破棄し、さらに次のとおり判決する。

本件公訴事実は、前記のとおりであるが、この公訴事実については前記のとおりすでに確定の略式命令が存するので、刑事訴訟法第三三七条第一号により被告人に対し免訴の言渡をすることとする。

そこで、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青木亮忠 裁判官 矢頭直哉 神田正夫)

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